新型コロナウイルス感染症の流行は収束しつつあり、世界は徐々に日常を取り戻しています。コロナ禍では多くの社会問題が露呈しましたが、特に医療機関や医療従事者に向けられた風評被害は深刻なものでした。
コロナ禍を収束させるために重要な役割をもつ医療機関が、なぜ風評被害を受けなければならないのでしょうか。本記事では、実際に存在した医療機関に向けられた風評被害の実例や、それによってどのような影響が考えられるのか、詳しく解説していきます。
そもそも風評被害とは
私たちは、東日本大震災以降、風評被害という言葉を耳にする機会が増えました。しかし言葉を聞いたことがあったとしても、意味は漠然としかイメージできず、正しい知識を持っている人は意外と少ないのではないでしょうか。
そもそも風評被害とは、「風評によって経済的な損失・被害がもたらされること」を意味します。「風評」とは、一般的に根拠のない噂や不確かな情報、デマなどがあたります。
「風評被害」とは、根拠のない噂や不確かな情報、デマによって経済的な損失・被害がもたらされること。
風評被害はインターネットが普及してから爆発的に増加
従来、世の中に出回る情報の多くはテレビや新聞、ラジオ、雑誌などのメディアによってもたらされていました。しかし、2010年代に入りインターネットが普及し始めると、インターネットの利用者数は激増し、テレビの接触率を超える勢いです。
こちらのデータは2018年と少し古いデータになりますが、ご覧の通りインターネットユーザーの激増はとどまることを知りません。
SNSが普及しユーザー数が増えてからは、誰しもが手軽に情報を発信できるようになりました。これまで多くのユーザーは、テレビや新聞といったメディアから情報を受け取る側でしたが、世界に向けて誰もが情報を発信できるようになったことは大きな変化といえるでしょう。
誰もが情報を発信できることは、風評が広がりやすくなったという側面も持ちます。たとえば、大規模災害が発生したときに、あるユーザーがいたずらで「動物園のライオンが逃げ出した」というツイートをしたところ、それがまたたく間に拡散されたケースがあります。このツイートに掲載していた画像は合成画像であり、結局は悪質なデマだったのですが、世の中が混乱している状況のなかでは事実確認が十分にできないこともあり、このようなツイートが一気に拡散されてしまったのです。
このような、根拠のない噂や悪評によって誰かを傷つけるいたずらは誹謗中傷とよばれますが、その矛先が企業や店舗、団体、組織などに向けられたときには経済的な損失や被害が想定され、風評被害につながっていくのです。
SNSが普及し、誰でも気軽に情報発信できるようになったこと、コロナという新たな感染症が流行したことから、根拠のないデマや悪評が拡散し、中には経済的な損失を受ける事例も発生した。
医療機関に向けられる風評被害の実態
風評被害を受けるのは業種や業態を問わず、多岐にわたります。企業や店舗、特定の団体など、あげればきりがありませんが、特に近年目立っているのが医療機関に向けられる風評被害です。感染症対策として重要な役割を果たす医療機関は、私たちの健康を守るうえでなくてはならない存在ですが、風評被害を受けるケースは決して珍しくないようです。
新型コロナウイルス感染症が拡大しはじめた2020年春、茨城県保険医協会では県内の医療機関に向けて風評被害に関するアンケート調査を実施しました。285の医療機関のうち、約15%にあたる42の医療機関が風評被害を受けたことがあると回答しています。
小規模な診療所は約13%と比較的少数でしたが、一定規模以上の病院となると30%以上が風評被害を受けたことがあると回答しており、影響が大きいことがうかがえます。
また、日本医師会が2020年10月から12月に実施した風評被害に関する調査では、看護師などのスタッフに向けられた風評被害・誹謗中傷が40%、医療機関そのものに向けられた風評被害も38%にのぼることが分かっています。
いずれのケースも、風評被害の根拠となっている情報は事実無根または根拠が不明確なものも多く、正しい知識や情報があれば防げるものであるとしています。
風評被害調査に関する調査結果まとめ
2020年春、茨城県保険医協会実施の風評被害に関するアンケート調査
- 約15%の医療機関が風評被害を受けたことがあると回答
2020年10月から12月に日本医師会が実施した風評被害に関する調査
- 看護師などのスタッフに向けられた風評被害・誹謗中傷が40%、医療機関そのものに向けられた風評被害も38%
医療機関における風評被害の実例
風評被害と一口にいっても、その内容はさまざまです。実際にどういった噂や情報が出回ることが多いのでしょうか。上記で紹介した茨城県保険医協会が行ったアンケート調査の結果から、いくつか代表的な実例を紹介しましょう。
- 「◯◯病院内でコロナ患者が発生し、しばらく休診になる」
- 「検査で陽性となった患者が◯◯病院に搬送された」
- 「医療従事者の子どもと接触してはいけない」
- 「医療従事者の子どもはコロナが収束するまで学校に通わせるべきではない」
感染者の数が全国的にも少なかった2020年春頃は、特に多くの国民が神経質になっており根拠のない噂が独り歩きすることが多くありました。テレビやラジオ、新聞などで報道されていない情報が噂として広まった結果、「陽性者が出た」、「感染者が搬送された」といった不確かな情報が地域内で拡散。病院に問い合わせが多数寄せられ、その対応に追われてしまい通常業務に支障をきたすケースもあったといいます。
コロナ禍によってこのような風評被害は顕在化したものの、2023年現在では一旦落ち着きを取り戻しつつあります。しかし、今後さまざまな感染症が拡大したり、大規模災害などが起こったりした場合、再び風評が拡散され医療機関に悪影響を及ぼす可能性も否定できないのが現状です。
風評被害によって医療機関が受ける影響
風評被害の定義として「経済的な損失・被害がもたらされること」と紹介しました。医療機関の場合、具体的にどのようなことが経済的な損失に結びついていくのでしょうか。病院の規模や患者数、スタッフの人数などによっても影響の程度は異なります。主に以下の5つのポイントが挙げられます。
- 新規患者の減少
- 転院希望患者の増加
- クレーム・苦情・問い合わせ対応
- 医師・看護師への誹謗中傷
- スタッフ・職員の退職
順番に見ていきましょう。
新規患者の減少
医療機関は、患者を診察・治療した際に医療報酬を得ることで経営が成り立っています。患者が病院に訪れるのは、その病院が信頼できると考えるためであり、重大な医療ミスや医療の品質が悪い病院は患者が減少していき経営が成り立たなくなるでしょう。
風評被害が発生すると、事実とは異なる噂や情報が独り歩きしてしまい、実際には信頼性が高い病院なのに悪評によって新規患者が減少することがあります。その結果、病院を廃業せざるを得なくなり、地域医療も崩壊していくことが考えられます。
転院希望患者の増加
大きな病院では入院病棟も確保されています。しかし、風評被害が拡大してしまうと、なかには「このままこの病院に入院していて大丈夫か?」、「ほかの病院に転院したほうが安全なのではないか?」と考える患者も増え、転院希望患者が出てくることが予想されます。
入院患者が少なくなれば病院が得られる医療報酬も減少し、経営が悪化していくでしょう。病棟を維持・管理していくだけでも多額のコストがかかることから、転院希望患者が増えれば病院そのものが維持できなくなり、結果として廃業を選択せざるを得なくなる可能性があります。
クレーム・苦情・問い合わせ対応
茨城県保険医協会が行ったアンケート調査では、病院に対するさまざまなクレームや苦情、問い合わせが増え、通常業務に支障をきたしたケースもあったといいます。
病院は限られたスタッフで業務を回していることから、想定以上に問い合わせが増えてしまうと看護師やスタッフの人手が足りなくなってしまいます。その結果、本来の診療を行えなくなり、病院に訪れた患者からも多くのクレームが寄せられることになるでしょう。
急激に業務量が増加しても臨機応変にスタッフを補充できるだけの人的余裕もないため、結果として新規患者の減少や転院希望患者の増加につながっていくおそれもあります。
また、寄せられるクレームや苦情、問い合わせに対して真摯に対応し「それは誤った情報です」、「不確かな情報です」と説明していたとしても、すべての人が信じてくれるとは限らず、連日のように対応に追われるといったケースもあるのです。
医師・看護師への誹謗中傷
病院へのクレームや苦情、問い合わせが加熱してくると、やがては医師や看護師が誹謗中傷の被害を受ける可能性もあります。患者一人ひとりに対して丁寧に接していても、患者自身が必要以上に感染症を恐れ神経質になっていると、乱暴な声や言動を起こすことも考えられるでしょう。その結果、医師や看護師は患者と接することに恐怖を覚えてしまい、業務に支障をきたす可能性があります。
また、上記の実例にもあった通り、「医療従事者の子どもと接触してはいけない」、「医療従事者の子どもはコロナが収束するまで学校に通わせるべきではない」など、医師や看護師の家族・子どもに対して被害がおよぶケースも実際に起こっています。
スタッフ・職員の退職
医師や看護師、病院で働くスタッフに対する誹謗中傷が加熱していくと、やがて心身の疲労も限界を迎えてしまい、仕事に対するモチベーションや意義が感じられなくなってしまいます。
最悪の場合、働くことが困難になり退職を余儀なくされるスタッフや職員も出てくるでしょう。医療業界はもともと、看護師を中心に深刻な人手不足に陥っています。病院としても、退職したスタッフの穴を埋める人材を探すのは簡単なことではなく、求人募集をかけてもなかなか集まりません。
残されたスタッフで現場の業務を回していくために負担が増大し、さらなる退職者を生み出すこともあるでしょう。患者の減少だけでなく、病院で働くスタッフや職員の減少も病院が廃業に追い込まれる一因となるケースがあるのです。
医療現場で発生する風評被害
発生する事案 | 直接的な被害 | 間接的な被害 |
---|---|---|
ネット上での低評価 | 新規患者の減少、転院希望者の増加 | 病院の収益悪化 |
直接寄せられるクレーム | 問い合わせ対応に寄る疲弊 業務負担の増加 |
スタッフの離職 |
医療機関の風評被害をなくすためには
今回紹介してきたように、医療機関に向けられる風評被害はさまざまなものがあります。インターネットが発達した現代において、風評被害を完全になくすことは現実的に考えて難しいといえるでしょう。
しかし、風評被害につながるネット上の書き込みや投稿を早期に発見し、必要な対策を先手で打つことでリスクを最小限に留めることは可能です。たとえば、Googleマップや掲示板、SNSなどに事実とは異なる情報・噂が書き込まれていた場合には、風評被害対策の専門業者に相談してみるのもおすすめです。
特に悪質な書き込みで法律に抵触するような内容があった場合には、弁護士と連携しながら法的手段を講じることも可能です。ITに関する知識が豊富な専門業者に依頼することで、スピーディーかつ安心に解決できる可能性があります。
今回は、実際に存在した医療機関に向けられた風評被害の実例や、それによってどのような影響が考えられるのか、詳しく解説しました。「クリニックや病院に寄せられる悪い口コミや低評価にはどう対処する?風評被害を防ぐためのポイント」では、病院に対するネガティブな口コミが書かれる背景やその影響と対処法、未然に防ぐ対策について紹介しています。是非ご覧ください。